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大王墓(今城塚古墳)の石積み

 畿内にある古墳時代の大王墓はすべて盛土墳であろうが、実際の姿は樹木の茂みの中にあってよくわからない。石清尾山の猫塚や姫塚などの積石塚はまったく草木が生えていないから、大王墓が何がしかの「土」で覆われているのは間違いない。ただしどの程度「石」が使われているのか。
 答えを得る手掛かりのひとつが「今城塚古墳」にある。6世紀に築造された前方後円墳で、学界では被葬者を継体大王(在位507-531)とすることに異論がない。これに対し宮内庁は江戸期以来の議論を踏襲して、近くにある「太田茶臼山古墳」(全長226m)を継体陵として管理するので、今城塚の発掘調査が可能になった。
 1997(平成9)年以来、10年間にわたる発掘調査を経て「いましろ大王の杜(もり)」として一般公開されている。傍らにある「今城塚古代歴史館」に調査成果が展示されている。

 「今城塚古墳」は淀川の北岸に広がる摂津の三島平野(約90㎢)の中央に造られた(現、大阪府高槻市)。当時において規模最大で墳長が181m、周囲に設けられた二重の濠を加えると総長354mに達する。1周するとほぼ1kmになるので、ウォーキングを楽しむ市民の姿が多い。
 歴史館には古墳築造の工法が丁寧に展示されている。説明されればもっともなことで、単に土を盛るだけで形のある巨大墳墓を造るのはむつかしい。まず1個が40cm×40cm×10cmほどの土嚢を大量に造り、約20kgほどになる土嚢を人手で積み重ねた。さらに現代でも大雨によりしばしば土砂崩れや山崩れが起こるように、長い年月にわたって巨大な土盛り維持するのは不可能だから、随所に「石」を用いている。
 外観から分からない部分における石の使い方は次のとおり。(図参照)今城塚 石積み.JPG

 ・墳丘内石積みー墳丘の外観は後円部3段築成/前方部2段築成で、典型的な大王墓の形状をしている。いっぽう墳丘の内部でも何段階かの石積みを重層的に行い、土を盛る合間に石積み層を挟んで墳丘を強固にした。
 ・排水溝―降雨時に古墳上に落ちたり石室内にたまったりする雨水を円滑に排水できないと墳丘が崩れるから、石積みの排水溝を墳丘内部に造った。数10m間隔で放射状に造られ、約20度の傾斜をもつ排水溝は、総延長が15mに達する。(現代の石垣でも水抜き用の排水溝は不可欠である)
 ・石室基盤工―石室には1個が7-8tにもなろうかという石棺が3個あったと想定され、石室下部には200畳敷きにも相当する分厚い石敷きの基盤(17.7m×11.2m×最厚部0.8m)を造った。重圧を分散させて、石棺を置いた部分で墳丘が沈んで墳形が損なわれるのを防いだ。
 ・石敷き遺構―物理的な強度とは無関係だが、古墳築造に先立って墳底の地面に淡路島産の小石とこぶし大の礫を並べた石敷き(面積9m×5m)があった。築造に当たって、清浄と僻邪を祈る儀式を行った場所であろう。(現代における地鎮祭のようなものか)

 このほか外から見えるところでの「石」の使い方については、すでに触れた点も含めて再掲すると次のとおり。

 ・葺石―墳丘の表面を覆う石積みである。法(のり)面の崩壊を防ぐ、雨水の浸透を抑える、草木が生い茂るのを抑止する、照り返しで白く輝くなどの効果を期待できる。
 ・基底石―墳丘の裾まわりのほか、段築を立ち上げる裾部にも大きめの石を並べ、法面の葺石が崩れ落ちるのを防ぐ。
 ・列石―前方部や造出(つくりだし)部など角度をつけて墳形を造るところなどで、形にふさわしい石を丁寧に選んで積み上げる。墳形の輪郭を明確に表し、崩れにくくする。
 ・貼り石―(今城塚では確認されていないようだが)基底石に接してすぐその上に、板状の石を長軸が縦になるように並べて差し込み、法面下部の強度をカバーする。これを貼り石と呼ぶ場合がある。

 以上のような石の使い方は、当時までの約300年間にわたる古墳築造の経験を踏まえたものであろう。したがって他の大王墓も発掘調査が許されれば、類似の石積みが見つかるのではないか。もっともこうした努力をもってしても今城塚は1596(文禄5)年の「伏見地震」によって墳形がかなり崩れた。この崩壊が、見栄えのいい太田茶臼山古墳(5世紀の築造とされる)を継体陵に治定させる一因になった。
 今城塚の墳長は181mだが、古墳時代の3世紀半の間には墳長が200mを超える巨大古墳が全国に37基もある。今城塚よりも大きくかつ長期間にわたり災害と風雪に耐えて外観を保っている大王墓があるわけで、どのように「石」が使われているのであろうか。
 “本来、積石塚の方が工法として簡明だし維持するのも楽なのだが、大量の石はどこででも入手できるものではない。仕方なく土盛りにしたが、その分、随所で石を用いざるを得なかった”。往時の人びとの気持ちが伝わってくるようだ。

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