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インドシナ半島国家の近世

 インドシナ半島に現存するベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマーの5カ国について、植民地統治下にいたる経緯を含めて、近世のようすを素描してきました。
 この時期において、民族の統一とか文化の成熟とかの観点からみると、もっとも恵まれた歴史を経たのはタイ(シャム)であるのは明確でしょう。ついではベトナムが抜かりなく地歩を固めたように思います。カンボジアは、かつてのアンコールが内陸に位置したため「交易の時代」に遅れをとり、その後は東西に位置するシャムとベトナム両国の圧迫に苦しみました。ミャンマーとラオスとは、国づくりにおける歴史や経験がいかにも浅く、それぞれイギリスとフランスの植民地統治下に入ってしまったために、十分な文化的成熟n至らなかったのではないかと察しられます。
 以上のような状況が、近代文明が訪れて「工業化」にまい進すべき時代になったとき、大きな差を生み出したでしょう。工業活動は、原材料を練成し、変形し、加工し、組み立てるなどの技術過程を含むために、その活動形態において、均質な資質をもった人びとが力をあわせ、勤勉に取り組み、作業の正確さと効率性を達成することを要求するからです。
 そのことが、現在におけるそれぞれの国の「国民一人当たりGDP額水準」に反映していると思われます。各国の金額を併記すると以下のとおりです。
 (為替レート換算による比較。データの出所によって若干の差があるので、①IMFによる2007年の値、②世界銀行による2006年の値、③アメリカのCIAによる2007年の値、として公表されているものを国ごとに単純平均した)

  タイ 3486ドル  ベトナム 774ドル  ラオス 623ドル  カンボジア 568ドル  ミャンマー 262ドル

 そうとうに大きな差があります。
 これらの国はインドシナ半島において、それぞれがメコン、チャオプラヤ(メナム)、エーヤワディ(イラワジ)という3つの大河に沿う位置にありますから、地理的・自然的条件には、それほど大きな違いはないと考えていいでしょう。
 したがってこの差は、今日にいたる各国の歴史的事情の違いに大きく依存すると考えざるを得ません。とくに第2次大戦後において、各国が工業化に向けてどのような政策を採用し、どういう経済体制を築こうとしたかに由来するでしょう。くわえて国によっては、ベトナム戦争、ポルポト政権の支配(カンボジア)、ミャンマーの軍政などの悲劇的な事件に遭遇しました。
 しかしそれにもかかわらず、そういう境遇におかれた背景に関しても、各国が近世から近代にかけての時期に「民族統一や文化的成熟に向けて、どれほどの達成をなしえたか」の違いが作用しているように思います。そのことを次項においてさらに考えていきましょう。


 
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