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アメリカの金融革新と金融危機

  IT技術の進展によって新しい産業群が誕生し発展したことは、経済を大きく活性化しました。アメリカではシリコンバレーを中心として経済の活況が続き、IT革命が景気循環のあり方を変えて、もはや不況は失われたという見方まで生まれました。
  しかし現実の歴史はそうではありませんでした。IT技術が生活や産業にある程度、浸透してしまうと大きな熱狂は収まります。ITベンチャーなら何が何でも投資を呼び込むという雰囲気のなかでIT関係企業の株価が急騰していましたが、2000年3月にアメリカの株式市場でそうした企業の株価が暴落しました。これを契機として熱狂が収まり、ITバブルが崩壊しました。過大な期待によって誘発された投資活動は、いつかは馬脚を現します。景気循環がなくなったわけではありませんでした。
  その後、アメリカには不幸な出来事や不祥事が続きました。2001年9月の9.11事件は、いまだ記憶の新しいところです。これにともなって株式が急落しました。その後にも巨大エネルギ―企業ともいうべきエンロン社や長距離電話会社であるワールドコム社の不正経理が明らかとなり投融資市場が暗雲に包まれました。企業情報の開示や会計のチェックが進んでいると自負していた国において、現実はそうではないことが暴露されました。
  不祥事に対処してコーポレート・ガバナンス(企業統制)が根本的に見直され2002年7月にSarbanes Oxley法(略称SOX法、日本名「企業改革法」)が成立しました。これによって債券市場における社債発行などがきびしい内部統制と外部監査のもとに置かれることとなり、アメリカの金融市場が冷え込みました。
  この沈滞に対処すべく開発された新しい金融の手法、すなわち金融派生商品(証券化商品)の誕生が、このたびの金融危機をもたらしたといっていいでしょう。
  住宅ローンなどの資産を担保として発行された証券(資産担保証券)をリーマン・ブラザーズのような投資銀行が金融工学の手法によって細切れにした上で再び組み合わせ、新たにCDO(Collateralized Debt Obligation 債務担保証券)を生み出しました。また第3者の立場にある企業に対して、その経営悪化や倒産の有無を賭けごとにするかのようなCDS(Credit Default Swap)という証券も生まれ、その元本残高が50兆ドルにも達するといわれます。これは全世界のGDPに匹敵する金額です。これらはいずれも信用力を測ることがたいへんむつかしい金融商品のように思われますが、アメリカの名だたる格付け機関によって多くのものがAAAという最高の格付けを与えられました。
  金融革新の結果である金融商品が、アメリカ国内はもちろん海外にも売られました。まるでアメリカの新しい輸出商品が生まれたかのようで、アメリカ経済はふたたび熱狂の時代に入りました。一時的な熱狂を平時とするパラメータのもとでリスクが考えられたようですが、バブルはいつかはじけます。2008年9月のリーマン・ショックによって新しい金融商品のリスクが一気に表面化し、金融市場が凍りつきました。需要の収縮が起こって、全世界に不況の波が襲い掛かりました。
  金融工学に基づく技術革新の成果は、あえなく馬脚を現しました。金融は、本来、経済取引を円滑化するバイ・プレーヤーの地位にとどまるべきで、それゆえにこそ企業が危機に陥ったときに公的資金が投入されるわけです。
  しかしニューヨークのウォール街の動きには気を許すことができません。全米各地の有名大学院を卒業した、それもえり抜きのMBA(経営学修士)が集まっていて、金融当局の規制を逃れて新しい商品を生み出す努力をいつも行っているというのです。

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アヨアン・イゴカー

大変分かりやすくまとめてあり、勉強させて頂いています。
不幸を作り出すのは、”エリートたち”の道徳心の欠如ですね。
by アヨアン・イゴカー (2009-12-18 00:07) 

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