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“基軸の時代”

 文化(つまり言語、習俗、宗教、伝統などの生活や行動の様式)を共有する集団を「民族」と呼びます。そのなかで、とくに近代以前における同質的な集団は、明確に中央権力機構を有すると有しないとに拘わらず「部族」と呼ばれることがあります。こうした部族や民族は何らかの精神的な支柱を打ちたてつつ、経済的・政治的に結束を深めて互いに競い合う時代が訪れます。結束度に応じて大小さまざまの国や都市を形成して並存し、縄張りを競い合ったことでしょう。いわば混乱・混沌の時代です。
 このようなとき「宗教」の観点から画期的な成果を生み出して、後世に大きな影響を与えた時代が訪れました。この時代をドイツの哲学者であるカール・ヤスパース(1883~1969)は「基軸(枢軸)の時代」(Age of Axe)と呼びました。ヤスパースは、その著『歴史の起源と目標』(1949)のなかで、おおよそ次のように書きます。

  「紀元前800年から200年の間に・・・驚くべき事件が集中的に起こった。・・中国、インドおよび西洋(の3地域)において、どれもが相互に知り合うことなく、ほぼ同時的にこの数世紀のうちに発生した」
  「人間が、全体としての存在と人間の限界を意識した」
  「人間が、自己の最高目標を定めた」
  「思考の枠組みとしての基本的範疇と世界宗教の萌芽が生まれた」
  「3つの地域全部に、ある類似の社会的状態があった。そこでは無数の小国家や都市が鼎立し闘争しあって いた、しかも驚異的な繁栄と力と富の展開が可能であった、内部における相互交流の結果、精神運動が広め られた」

 20世紀の哲学者であるヤスパースは紀元前8~3世紀の世界史に独特の意味を見いだしたのです。部族や民族のなかには農耕の発展や古代都市の構築によって、そうとうの繁栄の段階に達していたものがありましたが、一歩離れて外側から観察すると政治的・社会的な混沌の状態にあったことになります。
 この社会情勢を背景にヒトの精神運動が高まり、人間の存在に関して大きな思想的な成果が上がったというわけです。したがってこの時代は人類の精神史からみて「基軸」をなしており、今日にいたってもなお、このときの成果を軸として(中心として)廻っているとするのです。
 精神運動が起こった地域は、中国、インド、西洋ですが、この3地域には似たような混沌の状態があったので、相互に知り合うことなく類似の成果をあげたとします。そのようすを具体的に書くと次のとおりです。
 「中国」では、殷、周という統一政権が崩壊したあと、紀元前8~3世紀は春秋・戦国時代と呼ばれる政治的混乱の時代でした。その状態からどのようにして秩序を回復し安定を図るべきであるかについて「百家争鳴」と呼ばれる活発な議論が展開されました。孔子、老子、墨子、荘子、孫子、商鞅、蘇秦、孟子、韓非子などとたくさんの思想家(諸子百家)が登場し、さまざまの理論を開陳して後世への思想的遺産を形成しました。
 「北インド」でも小国家が乱立していました。後世に(古)ウパニシャッド哲学とまとめられるさまざまの弁舌が展開されるなかで、紀元前6~5世紀に一王国の王の息子であったゴータマ・シッダッタ(釈迦)が革命的な教えを垂れました。これをもとに顕著な思想展開が行われ「仏教」と呼ばれるようになります。マハーヴィーラもほぼ同時代の人です。輪廻転生の考えをもとに、不殺生、不妄語、無所有などの実践を勧める「ジャイナ教」を起こしました。またイラン高原ではザラスシュトラ(ツァラトゥストラとも)(生没年不詳)と呼ぶ神官によって「ゾロアスター教」が創始されました。善悪二元論に立って、古代アーリア民族の多神教の神々を整理しますが、そのなかで生まれた終末論、救世主などの思想が後世の宗教に大きな影響を残します。
 「西洋」の範疇とされた地域では、紀元前8~6世紀のパレスティナにおいて、イザヤ、エレミア、第2イザヤなどのユダヤ教の預言者が現れ、のちに「旧約聖書」(モーセ5書)を形成する思想の原型を語りました。紀元前5~4世紀のギリシャには、ソクラテス、プラトン、アリストテレスをはじめとする自然哲学者が現れ、それがのちにアラビア、さらにヨーロッパに伝わって近代思想を生み出す基盤となりました。
 3地域で語られた思想はじつにさまざまでしたが、部族・民族ごとに異なる宗教が並存して競い合っている状況において、新たな思想的視点を与え混乱を治めようとするところに共通点がありました。基軸の時代における成果から世界宗教たる「仏教」が生まれ、のちにユダヤ教から生まれた世界宗教が「キリスト教」と「イスラム教」です。
 かくして基軸の時代には、まさに時代を画する出来事が起こりました。文明論の観点からたいへん重要視される所以です。マックス・ウエーバー(1864~1920)は、この時期に「宗教の合理化」がなされたとしました。イギリスの文明学者であるアーノルド・トインビー(1889~1975)は「高等宗教が誕生した」と考えました。我が国の文明論の泰斗である伊東俊太郎(1930~  )は、人類の「精神革命」が起こったとしました。
 これらのことの意味を、次項以降で考えていきます。


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