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「基軸の時代」 地域の共通事情

 前項では「基軸の時代」に精神革命が起こった各地域のようすを素描しました。それぞれの地域に共通する事情を箇条書きに整理すると、次のようになるでしょう。
 第一に、いずれもが小国分立の時代で、政治的に混沌としていました。
 当時は、都市国家、部族国家、小王国などと呼ばれる小さな国家群が並存する状態にありました。この時期以降になると、各地域では多民族を擁する「帝国」と称される広域国家が成立しますから、この時代には人びとに共有的価値を提示できる権力機構がいまだ生まれ得なかったことを意味します。それぞれの社会は差し迫った眼前の事態への対応を迫られ、あるいは地域や小集団間の利害調整に汲々とせざるを得なかったでしょう。卑近な例でいえば、今日の日本や世界の情勢に似ています。指導者層が社会全体を強力に牽引できる清新なビジョンを持ち合わせない状況にあり、確固たる長期的な方針を打ち出せません。
 第二に、地域社会には、さまざまの異なる価値観が混在していました。
 これらの地域は、もともと農耕民、牧畜民、狩猟採取民などの異なった生業を営む人びとが混住する一帯であったり、農耕民が居住しているところへ北方から狩猟民や遊牧民が進出してきたところであったりしました。拠って立つ経済基盤が異なると、人びとの慣習も価値観も異なります。それぞれの部族や民族が抱いている宗教観念も区々でありましたし、それまでに培ってきた神概念や信仰の姿もさまざまであったでしょう。何らかの契機があれば「神々の対立」という事態が起こりかねない状況だったでしょう。
 第三に、いずれも農耕に適した地域に近接し、人類は初めて経済的豊かさを経験しておりました。
 人類は農業革命によって、食料確保のために穀物生産という手段を手に入れます。やがて大河の流域において灌漑・治水の技術を発達させて生産を著しく伸長させ、経済的富を多量に蓄積できるようになっています。富の蓄積が大きくなると、もっと大きくしたいとか、他所から横取りしたいとかの衝動を生みます。富に対する人びとの欲望が膨らむと、たがいに相争う場面が多発しかねません。サルから進化してすでに数百万年を経た人類ではありますが、新しい事態である「蓄積された富」を前に、どういう行動を取ったでしょうか。自らの欲望を抑制できるのか、集団の欲望に歯止めをかけるにはどうすればいいのか、などについて根源的な思索を迫られたでしょう。
 第四に、いずれもユーラシア大陸で古代の「四大文明」が栄えた地域の近くにあって文明の成果を実感していましたが、古代文明社会も”たそがれ”を迎えていました。
 古代文明の成果としてあげられるのは、都市の建設、巨大祭祀施設の築造、人びとの階層分化、灌漑・治水農耕の発達、貨幣経済の進展、交易の広がり、文字や金属器の使用、各種工芸品の開発などです。それ以前の原始的ないし未開とされる段階と比べれば大きく輝いて光彩を放ちますから、人びとを魅了して止まなかったでしょう。ところで、この文明社会を統御したのは「権力の頂点にいる王は“神”である」とする王権思想でした。古代政権が誕生して数千年を経たところで[王=神]とする単純な神権政治が数々のほころびを見せ、人びとを統合する力を失った可能性があります。
 第五に、これまで書きませんでしたが、当時の時代背景として「寒冷化」という地球の気候変動があります。
 紀元前1200~400年のあいだ、つまりいまから3000年前を前後する数百年間は、地球がひところより寒冷化した時期に当たります。気候の寒冷化は、寒冷・乾燥の地に居住する遊牧民の生活環境を悪化させ、より温暖・多雨の農耕地帯へ移動させるきっかけとなります。また寒冷化は多くの場合、農産物の作柄を悪化させたり、不安定化させたりするでしょう。豊かな農業生産になじんでいた人類は、経済基盤が大きく揺らぐのを感じたとき「この先、世の中はどうなるのか」という漠然たる不安にさいなまれたのではないでしょうか。人びとは世界や宇宙のありように向けて、根源的で哲学的な問いを発せざるを得ません。

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