江戸初期の大名改易
大名が改易されると、大名は身分を失い領地や家屋敷が没収され、大名の家臣団は離散して、牢人となる。世情において大きな不安定要素となるから、統治の安定を重視したい成立当初の政権としては、できれば避けたいところであろう。しかるに徳川幕府は創設40年たらずの時点において、生駒藩の改易に踏み切った。これが幕政において、いかなる位置付けを占めるのかを探ってみよう。
そこで1640年前後より以前における江戸期の「大名改易」につき、その理由も含めた一覧表（別表参照）を作ってみた。これには生駒藩と同様に、大幅に減封され少額の堪忍料を与えられ栘封された場合などを含めている。ただし作成の目的から、関ヶ原合戦や大坂の陣の戦いにおいて徳川方に付かなかった場合や、武家社会が伝統とした無嗣断絶（男嗣がなく養子も認められていない）における改易を含まない。当然ながら、家中騒動があっても、大名改易に至らなかったケースも含まない。
時代は家康から秀忠・家光の治世に当たり、徳川家将軍を中心とする体制を構築・維持するためとして、厳しい処断が連続したようだ。一覧表に挙げた事案を、改易した理由によって類型化すると、次のように分けられる。
第1に、現・将軍の安泰を図るため、徳川家一門の大名家（親藩）を不行跡などの理由で改易した。徳川家一門における親族内の権力争いを抑止するためで「御一門払い」と呼ばれる。
越後高田藩60万国における家康の六男・徳川忠輝の改易（写真は諏訪・貞松院にある忠輝の墓；安富晴彦氏撮影）、越前福井藩68万石における家康の孫・松平忠直の改易、駿河など55万国を領し駿河大納言と呼ばれた秀忠の三男（家光の弟）・徳川忠長の改易が、この類型に該当する。
第2に、幕府内で執政を担った実力者が失脚したとき、この者が大名であれば、大名改易となる。幕府の執政過程における権力争いの結果である。
小田原藩6.5万石の大久保忠隣は、息子が「大久保長安事件」（後述）の当事者となったほか、幕府内で本多正信・正純父子との対立が言われた。宇都宮藩15.5万国の本多正純は、家康に重用されたものの秀忠の時代になると「宇都宮の釣り天井事件」という奇妙な事件の嫌疑をかけられ、失脚した。
第3に、武威で知られた豊臣系の大名（およびその後継者）が、徳川政権下において難癖をつけられ、改易された。豊臣恩顧の大・大名が、反・徳川勢力の中心に祀り上げられるのを警戒された。
広島藩49.8万石の福島正則は、災害で壊れた居城の改修工事が武家諸法度違反に問われ、知行を没収された。肥後藩52万国を領した加藤清正の三男・忠広は、若年にして藩を襲封したところ、藩政上さまざまの問題が指摘され、参勤交代の旅の途中に改易の沙汰が下った。
第4に、藩内で家中騒動があった場合、藩主自身がその当事者となったり、騒動が内訌化・長期化したりして、どうしようもないと判断された場合に改易されたようだ。
伊賀上野藩20万石の筒井定次（順慶の養子）の家臣団内には古くから家中対立があり（筒井騒動）、重臣が定次の悪政を家康に訴えたのを機に廃藩とされた。越後福島藩45万石の堀家では藩主の親族間で主導権争いが嵩じ（堀家騒動）、家康の前で口論するに至って改易された。山形最上藩57万石では、後継者選びにおいて廃嫡や2代目の急死などの事件が続き（最上騒動）、幕府が裁定を下しても主従不和が収まらず改易された。伊予半国を領した加藤嘉明が会津藩40万石に移された後、後継した加藤明成が宿老と衝突する事件（会津騒動）を起こすなどして改易された。伯耆黒坂藩5万石の関一政は主従不和が収まらず廃藩とされた。備中足守藩2.5万石の木下家と伊勢林藩1万石の織田家はともに、家督相続の争いに決着を付けられず改易となった。
（いっぽう黒田藩52.3万石に激しい家中対立（筑前黒田騒動）があったが、幕府は何かと御家継続に努めた。2代目藩主と有力家老・栗山大膳との間でも君臣対立が続くが、幕府裁定により収拾した）
第5に、大名家の当主が縁戚関係などにより、事件に連座したとして改易された例がかなりある。
信濃松本藩8万国の石川康長（石川数正の嫡男）は、幕府代官頭の大久保長安が不正蓄財を問われた件（大久保長安事件）に関し、縁戚のために共謀を疑われ流罪に処された。安房舘山藩12万石の里見忠義は大久保忠隣への連座を問われた。陸奥三春藩3万石の松下長綱は会津騒動の加藤明成の縁戚に当たり、連座的改易とされる。越後村上藩9万石の村上忠勝は徳川忠輝の与力であったことに加え、領内に金山があったことが幕府に狙われたのであろう。
第6に、個別的事由としか言いようのない大名改易が、いくつかある。
丹波八上藩5万石の前田茂勝は放蕩や家臣を成敗するなどの不行跡を咎められた。大和宇陀松山藩3万石の福島高晴は大坂夏の陣において豊臣方への内通を疑われた。美濃高須藩5万石の徳永昌重は割り当てられた大坂城の石垣修築工事において期日遅延した。肥前島原藩4万石の松倉勝家は苛政が島原の乱の原因をつくったと咎められた。
なお、このたびの一覧表に取り上げないが、無嗣断絶を理由とした改易の件数はたいへんに多く、1640年までに40件以上を数える。代表的なものに、備前岡山藩51万石の小早川秀秋、筑後柳川藩32.5万石の田中忠政、出雲松江藩24万石の堀尾忠治、伊予松山藩20万石の蒲生忠知、下野烏山藩2万石の成田泰之などがあり、これらの当主が死去したときに大名家の地位を失った。
後継者があっても嗣子が幼少の場合には、大藩であるとか要衝の地であるとかの理由により、中小の藩に移された場合もある。要衝の地にあり美麗な姫路城を背負った播磨姫路藩42万石の池田光政は、因幡鳥取32.5万国へ移された。奥州の要となるべき会津若松藩60万石の蒲生忠知は、伊予松山24万国へ移封された（7年後に松山で無嗣断絶となる）。
そこで1640年前後より以前における江戸期の「大名改易」につき、その理由も含めた一覧表（別表参照）を作ってみた。これには生駒藩と同様に、大幅に減封され少額の堪忍料を与えられ栘封された場合などを含めている。ただし作成の目的から、関ヶ原合戦や大坂の陣の戦いにおいて徳川方に付かなかった場合や、武家社会が伝統とした無嗣断絶（男嗣がなく養子も認められていない）における改易を含まない。当然ながら、家中騒動があっても、大名改易に至らなかったケースも含まない。
時代は家康から秀忠・家光の治世に当たり、徳川家将軍を中心とする体制を構築・維持するためとして、厳しい処断が連続したようだ。一覧表に挙げた事案を、改易した理由によって類型化すると、次のように分けられる。
第1に、現・将軍の安泰を図るため、徳川家一門の大名家（親藩）を不行跡などの理由で改易した。徳川家一門における親族内の権力争いを抑止するためで「御一門払い」と呼ばれる。
越後高田藩60万国における家康の六男・徳川忠輝の改易（写真は諏訪・貞松院にある忠輝の墓；安富晴彦氏撮影）、越前福井藩68万石における家康の孫・松平忠直の改易、駿河など55万国を領し駿河大納言と呼ばれた秀忠の三男（家光の弟）・徳川忠長の改易が、この類型に該当する。
第2に、幕府内で執政を担った実力者が失脚したとき、この者が大名であれば、大名改易となる。幕府の執政過程における権力争いの結果である。
小田原藩6.5万石の大久保忠隣は、息子が「大久保長安事件」（後述）の当事者となったほか、幕府内で本多正信・正純父子との対立が言われた。宇都宮藩15.5万国の本多正純は、家康に重用されたものの秀忠の時代になると「宇都宮の釣り天井事件」という奇妙な事件の嫌疑をかけられ、失脚した。
第3に、武威で知られた豊臣系の大名（およびその後継者）が、徳川政権下において難癖をつけられ、改易された。豊臣恩顧の大・大名が、反・徳川勢力の中心に祀り上げられるのを警戒された。
広島藩49.8万石の福島正則は、災害で壊れた居城の改修工事が武家諸法度違反に問われ、知行を没収された。肥後藩52万国を領した加藤清正の三男・忠広は、若年にして藩を襲封したところ、藩政上さまざまの問題が指摘され、参勤交代の旅の途中に改易の沙汰が下った。
第4に、藩内で家中騒動があった場合、藩主自身がその当事者となったり、騒動が内訌化・長期化したりして、どうしようもないと判断された場合に改易されたようだ。
伊賀上野藩20万石の筒井定次（順慶の養子）の家臣団内には古くから家中対立があり（筒井騒動）、重臣が定次の悪政を家康に訴えたのを機に廃藩とされた。越後福島藩45万石の堀家では藩主の親族間で主導権争いが嵩じ（堀家騒動）、家康の前で口論するに至って改易された。山形最上藩57万石では、後継者選びにおいて廃嫡や2代目の急死などの事件が続き（最上騒動）、幕府が裁定を下しても主従不和が収まらず改易された。伊予半国を領した加藤嘉明が会津藩40万石に移された後、後継した加藤明成が宿老と衝突する事件（会津騒動）を起こすなどして改易された。伯耆黒坂藩5万石の関一政は主従不和が収まらず廃藩とされた。備中足守藩2.5万石の木下家と伊勢林藩1万石の織田家はともに、家督相続の争いに決着を付けられず改易となった。
（いっぽう黒田藩52.3万石に激しい家中対立（筑前黒田騒動）があったが、幕府は何かと御家継続に努めた。2代目藩主と有力家老・栗山大膳との間でも君臣対立が続くが、幕府裁定により収拾した）
第5に、大名家の当主が縁戚関係などにより、事件に連座したとして改易された例がかなりある。
信濃松本藩8万国の石川康長（石川数正の嫡男）は、幕府代官頭の大久保長安が不正蓄財を問われた件（大久保長安事件）に関し、縁戚のために共謀を疑われ流罪に処された。安房舘山藩12万石の里見忠義は大久保忠隣への連座を問われた。陸奥三春藩3万石の松下長綱は会津騒動の加藤明成の縁戚に当たり、連座的改易とされる。越後村上藩9万石の村上忠勝は徳川忠輝の与力であったことに加え、領内に金山があったことが幕府に狙われたのであろう。
第6に、個別的事由としか言いようのない大名改易が、いくつかある。
丹波八上藩5万石の前田茂勝は放蕩や家臣を成敗するなどの不行跡を咎められた。大和宇陀松山藩3万石の福島高晴は大坂夏の陣において豊臣方への内通を疑われた。美濃高須藩5万石の徳永昌重は割り当てられた大坂城の石垣修築工事において期日遅延した。肥前島原藩4万石の松倉勝家は苛政が島原の乱の原因をつくったと咎められた。
なお、このたびの一覧表に取り上げないが、無嗣断絶を理由とした改易の件数はたいへんに多く、1640年までに40件以上を数える。代表的なものに、備前岡山藩51万石の小早川秀秋、筑後柳川藩32.5万石の田中忠政、出雲松江藩24万石の堀尾忠治、伊予松山藩20万石の蒲生忠知、下野烏山藩2万石の成田泰之などがあり、これらの当主が死去したときに大名家の地位を失った。
後継者があっても嗣子が幼少の場合には、大藩であるとか要衝の地であるとかの理由により、中小の藩に移された場合もある。要衝の地にあり美麗な姫路城を背負った播磨姫路藩42万石の池田光政は、因幡鳥取32.5万国へ移された。奥州の要となるべき会津若松藩60万石の蒲生忠知は、伊予松山24万国へ移封された（7年後に松山で無嗣断絶となる）。
